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5話 業火と未練

last update Tanggal publikasi: 2026-06-08 10:12:06

目の前で。

オレンジの炎が燃え盛っている。夜空に映える炎のオレンジ色はその触手を天に伸ばし、更に炎自身が燃えるものを探している。炎の触手の先からは黒煙が立ち上り、夜空の星を覆い隠す。

私を閉じ込めて、絶望の淵へ追いやった療養所という“檻”は、今はもう燃えながら歪み、崩れ落ち、灰と化して行く。

「お嬢様」

及川が私の横に立つ。

「今この瞬間からお嬢様は灰になりました。もう一ノ瀬家の令嬢ではございません」

全ては燃えて灰になった……私と一ノ瀬家の縁も、そして未練も全て燃えて灰になったのだ。

思い出されるのは幼い頃の記憶――

お母様が生きていた頃は……私もお父様に確実に愛されていた。お母様とお父様に囲まれて、とても幸せな日々を過ごしていたのだ。

そしてそれはずっと続くものだと、私は純真無垢にもそう信じていたし、それが当たり前だった。

でも、お母様は亡くなってしまった。

お母様が亡くなった時の事は今でも良く覚えている。お母様が息を引き取るその瞬間まで、お父様はずっとお母様の名を呼び続けていた。大事そうにその手を握って。私は部屋の中に入る事が出来なかった……怖かったのだ。お母様が死ぬなんて、有り得ないと思っていた。ずっとずっと私は優しいお母様とお父様に囲まれて生きて行くのだと、そう信じて疑わなかったから。だから私はずっと部屋には入れず、ただただその部屋のドアの前で泣いていた。お父様はそんな私を見つけ、私を抱き上げると、お母様の手を握ったその手で、その腕で私をギュッと抱き締めてくれた。

「美緒、私にはお前が居る……そう、お前が居るんだ……」

私はそんなお父様の肩に縋って泣き、その言葉を信じた。

でもお母様の葬儀が終わるか、終わらないかのうちに華瑛さんと瑛理香がこの家に踏み込んで来た。

その日から全てが変わってしまった。

ズカズカと無遠慮に踏み込んで来た華瑛さんは私を見て微笑んだ。けれど、その微笑みは冷たかった。華瑛さんはお母様の部屋を奪い、服を奪い、装飾品を奪い……いつの間にかお母様の面影はお屋敷からは消えてしまった。それと共に、お父様の視線は私から瑛理香へと移り、瑛理香を目に見えて可愛がるようになった。瑛理香は私よりも可憐に振る舞い、お父様の心を掴んで行った。

気付けばお父様の私を見る目には失望が浮かぶようになっていた。

ズカズカと入り込んで来た二人は、いつしかお母様が座っていた場所に入り込み、それがさも当然かのように振る舞うようになっていた。

あの二人が全てを壊したのだ。

でも、一番哀れで滑稽なのは ――

冷たい手術台に横たわる事になって、それに気が付いた私だ。

そこまでされて初めて私は気付いたのだ。

あの家はお母様が亡くなった時から、既に私の家では無くなっていたのだと。

◇◇◇

及川は私を連れてその現場を後にし、市内のホテルに入る。ここから先の事を決めなくてはいけない。ホテルの部屋に入った及川はまず、私の体を癒す事を優先すべきだと言った。堕胎手術を受けて、まだ24時間経っていない。頭痛が酷く、腹痛もある状態だ。それ程、派手には動けない。

「数日の間はこのお部屋にて、お休みください。その間に私が色々と手配致します」

及川がそう言った時、及川のスマホが鳴った。及川はスマホの画面を見て、そして私にその画面を見せる。

―― 奥様 ――

及川が人差し指を口に当て、そして電話に出る。

「はい、及川です」

及川が私に音を立てないよう、目配せする。

「及川? 明日の葬儀の手配は済んでいるのよね?」

私の義理の母・華瑛さんの声が聞こえる。

「はい、奥様。ご指示の通り、滞りなく」

及川が短くそう言う。

「いいわ」

電話の向こうで華瑛さんがクスっと笑ったのが分かった。

「早く葬り去るのよ。とっとと終わらせて、次へ行くわ」

それだけ言って、電話が切れる。一方的な通告に私は笑う。

(やはり、全ては彼女が仕組んだ事だったのね)

「明日はお嬢様の葬儀がございます。その葬儀の間に……」

及川がそう言うのを私は制する。

「……行くわ」

私がそう言うと及川が驚いて私を見る。

「お嬢様! 正気ですか!」

私はベッドに腰掛けて言う。

「えぇ、私は正気よ」

及川は私の足元に来て言う。

「死にに行くようなものです! お考え直しください」

そう言われて私は及川を見る。

「お父様はまだ何も知らないのよ。あの女は……」

そこまで言って込み上げて来る嗚咽を飲み込む。

「華瑛さんは私を、いいえ、一ノ瀬家全体を陥れようとしている」

私は込み上げて来る涙を振り払い、言う。

「私が直接伝えなければならないの。これがお父様に告げる最後のチャンスよ」

及川が私の言葉を聞いて、黙り込み、何かを言い掛けて、やっぱり何も言わずに自分の言葉を飲み込んだようだった。

私が口に出さなかったもう一つの気掛かり……。

翔太……。

あの写真がお父様の元に届けられた時、翔太はそれを見ただろうか。彼は既に知っているのだろうか。彼はそれを信じてしまっただろうか。

翔太に会いたい……。

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